抗不安薬をやめることができた、たったひとつの理由

35歳の女性、瑞希さんが、嘔吐恐怖症で相談にみえました。

「自分が吐くのももちろんいやなのですが、

人が吐いているのが、怖いんです。

父は、疲れていると、よく吐いていました。

私がちいさいころからです。

その父が吐く様子が、ほんとうに嫌だったんです。

吐くときの音とか、もう、イヤで。

父が、車を運転していて、気持ち悪くなって、運転しながら吐いたりするんですよ。

もう最悪です。

私自身も、小さい頃から、気持ち悪くて吐くことがよくありました。

今、子供が二人いて、

子供ってよく、胃腸炎とかになって吐いたりするんですよね。

それで、吐くのが怖いとか言っていられなくなって、

なんとかしないと、と思って受診することにしました。

今まで、精神科を受診していて、

本当に困ったときは、薬を飲んだりしています。

嘔吐とは関係ないのですが、困っていることが他にもあります。

夜になると、なんだかザワザワして、不安になるんです。

そういうときも、精神科の薬を飲んで収まっています。

でも、いつまでも薬を飲み続けるのかと思うと、不安で仕方ありません。

それに、特に不安なこともないのに、なぜか不安になるのか、どうしてかなと思っていて、それも不安なんです。

それに、頭痛もひどくて、

歯ぎしりや肩こりにも長年、悩まされています」

人が吐くのがこわい、というのは具体的にいうと、どんなところがこわいと感じるのでしょう？

「たとえば、こどもが具合悪くなって、胃腸炎かな？って思うと、

どーしよー、子供が吐いたら、どうしよう？って

不安で仕方ない状態になります」

持ってきていただいた会社の健診結果を見せていただきました。

「持ってきていただいた血液検査結果をみますと

症状の原因だよね、って思われる点があるので、これからお話ししようと思うのですが、

おそらく瑞希さんは、今まで聞いたこともないような、何？それ？って感じるような話になると思うんです。

それが、嘔吐恐怖といったい何の関係があるの？って感じるかもしれません。

でも、とても大切なことなので、お伝えしたいと思っているのですが、

そんな内容でも、お話しさせていただいても、よろしいですか」

瑞希さんは、「？」という表情で、うなずかれました。

「始めは、嘔吐とはなんの関係もないように感じるかもしれませんが、最後まで聞いていただくと、嘔吐と結びついてきます。

始めの説明がないと、嘔吐の話を理解できないので、

まず、結果解析から始めさせていただきますね。

よろしいですか」

「はい」と不思議そうにうなずかれます。

「結果をみますと、少なくとも3年前から、中性脂肪は40-50くらいでとても低いですね。

これは低血糖が考えられます。

さらに肝機能のAST、ALTからも、低血糖が考えられるのです。

通常、血糖値は、常に、80から140くらいの間にあるように、調整されています。

これが、70以下になると、低血糖の状態です。

こうなると、体は「血糖を上げないといけない！」ってなって、

アドレナリンやノルアドレナリン、コルチゾールなどを分泌して、血糖をキープしようとします。

どこから血糖を持ってくるかというと、

自分の筋肉や脂肪を壊して、糖に変換するのです。

このため、中性脂肪が低下するんですね。

（診察では、もっと詳しく説明するのですが、ここでは簡略化しています）

それでは、どうして低血糖になるのでしょう。

低血糖を引き起こす原因として多いのは、実は、高血糖を引き起こす食べ物なのです。

それでは、低血糖をどうやって改善したらいいのかというと、

「三食とる」ということと、

食事と食事の間に食を補う「補食を摂る」ことなのです。

（三食と補食について説明すると、長くなってしまうので、補食について書いているコラムをご覧ください）

低血糖はなぜおこるのか、っていうのはわかったと、

それでは、嘔吐と低血糖に、何の関係があるのってことですよね。

そもそも、血糖って、なんでしょう。

糖は、エネルギーのもとです。

心臓を動かすのも、呼吸をするのも、すべての代謝を動かすには、糖が必要です。

だから、糖は、体に必須です。

常に、糖を一定に保っていないと命の危険があるのです。

低血糖になると、エネルギー不足になるので、

しんどい、

疲れる、

寝ても寝ても眠くなる、

といった症状がおこります。

さらに、胃腸が動かないので、

気持ちが悪い、吐き気がする、ということもおこります。

「よく吐いていた」というのも、もしかすると、低血糖だったのかもしれません。

低血糖になると、「死ぬかもしれない！」ってなるので、

「血糖を上げないといけない！」ってなって、

アドレナリン、ノルアドレナリンが分泌されるって話しましたよね。

アドレナリン、ノルアドレナリンがでてくると、交感神経優位状態になるんですね。

これは、急にクマやライオンにであったみたいな状態です。

ドキドキして、脈拍は早くなるし、

手に汗握るし、

逃げるか戦うかなので、体に力が入ります。

歯ぎしり、肩こりにも悩んでいるというお話でした。

低血糖だと、体に力が入ってしまうのです。

夜寝ている間に低血糖になっていると、

気づかぬうちに歯ぎしりしてしまいますし、

首や肩にも力が入りますよね。

そしたら、朝起きたら、首が痛い、肩が痛いってなるんですよ。

食べたり飲んだりできる、昼間に低血糖になるってことは、

食べたり飲んだりすることができない夜間は、低血糖必発です。

さて、アドレナリン、ノルアドレナリンがでて、交感神経優位状態のときの、体の変化をお話ししました。

じつは、気持ちにも変化が起こるんです。

急にクマやライオンにであったら、どうなりますか？

緊張するでしょうし、

不安や恐怖を感じますよね。

つまり、低血糖になると、不安な原因なんてなにもないのに、

急にザワザワして、不安を感じたりするんです。

瑞希さんが、「夜になると、さしたる原因もないのに、ザワザワする」

と言われていたのは、低血糖になっているからではないでしょうか。

「嘔吐がこわいというのは、

吐かれたらどうしようって、不安に感じるから」

と言われました。

瑞希さんの場合は、不安が嘔吐に結びつきやすいのだと思います。

小さい頃から、お父様の嘔吐で怖い思いをしてきて、ずっと嘔吐がこわい！って思ってきたので、不安が嘔吐と結びつきやすかったのではないでしょうか。

低血糖になりやすくて、不安を感じやすいところに、

小さい頃からの「嘔吐が怖い」が重なって、

嘔吐恐怖が固まってしまったのかなと思います。

いかがでしょう？

ここまでお話ししてきて、どんなふうに感じていますか？

「たしかに、そんな気がします。

低血糖の話は、自分に当てはまりすぎていて、こわいくらいです。

低血糖の症状が、食事で改善できるのなら、やってみたいです」

食事や補食についてなど、詳しく説明して、初診は終了しました。

1か月後です。

「初診から、抗不安薬をまったく飲んでいません。

もう、びっくりです。

薬をやめたいと思っていたので、こんなに早くにやめられることができて、ほんとうによかったです。

以前は、なんとなく体がだるくて、しんどい、疲れている感じが抜けなかったのですが、だんだん元気になってきて、しんどいなって思う日が少なくなってきました。

原因がよくわからないけどザワザワすることも、なんとなく不安になる、ということもなくなりました。

今まで、心がザワザワし始めると、嘔吐恐怖に結びついていた自分に気が付きました！

思い切って受診して、本当によかったです。

ありがとうございます」

ひと月の間に、ここまで、ご自身で気づいていただけたうえ、

さらに、薬も使わなくてよくなったとお聞きして、ほんとうによかったです。

低血糖対策を始めることで、体の症状（しんどい、パワーがない感じ）も、気持ちの症状（不安、恐怖）も、軽くなったと言われて、たいへんうれしく思いました。

※実際の診察内容すべてを掲載することはできないため、一部のみに掲載にとどまっていることをご了承ください。