20代の女性が、嘔吐恐怖症のため受診されました。
嘔吐恐怖症が、幼少時のできごとに関連しているのではないかと感じていると言われます。
そのため、幼少時に退行する催眠療法を体験したいというご希望でした。
催眠療法を行い、嘔吐恐怖症の原因となる場面に退行し、まったく覚えていなかった幼少時のできごとを思い出されました。
今回は、嘔吐恐怖症に対して、幼少時退行催眠療法を行った経過と、催眠療法後の感想を紹介させていただきます。
嘔吐恐怖症
20代の真衣さんが、嘔吐恐怖症に対して催眠療法を希望して来院されました。
「吐くのが苦手です。
自分が吐くのも苦手だし、他人が吐いているのを見るのも苦手です。
それに、吐くとか、嘔吐とかの言葉も苦手です。
聞いただけで、ウッってなってしまいます。
文字をみるのも苦手です。
嘔吐という文字を見るのもいやですね。
小学生くらいから苦手だなと意識するようになりました。
吐くくらいだったら死んだ方がマシって思ってしまうんです。
それで、吐いたりすることのないように、口に入れるものにはとても気を付けています。
そしたら、外食もなかなかできないんですね。
でも、そういうことを、友人や、初めて会う人に説明するのはむずかしいし、理解してもらうのもむずかしい。
外食は、気持ち悪いと思ってしまいます。
外食では、食物が喉を通らないです。
油ものはとくに吐きやすいイメージがあって、特に苦手です。
でも家で食べるのは大丈夫です。
ただし、体調悪い時は、吐くかもしれないので、食べないようにします。
こういうことが続くと、困る場面が多くて。
社会人になって、外食できないのは困りますね」
嘔吐が怖くて、催眠療法を受けたいと思われたのは、どのようなことからですか。
「病院にもいろいろ行きました。
でも、理解してくれる人はいませんでした。
薬もでましたが、効果はないので、飲むのをやめました。
私は、なんとなく、幼少時のできごとに関係しているんじゃないかと感じているんです。
幼少時に原因があるんじゃないかと思って」
それが何かはわからないけれども、幼少時に関係しているんじゃないかなっておもうんですね。
「そうです」
ということは、幼少時に退行する催眠療法を希望されているということでよかったでしょうか。
「そうです」
そして、嘔吐がこわくなった原因となる幼少時に退行する催眠療法をおこなうことになりました。
幼少時退行催眠
催眠当日です。
催眠状態に入りますと、保育園のころの、いくつかの場面に退行しました。
祖母の家に遊びに行ったときや、自宅での場面など、いくつかの幼少時の場面です。
けれども、嘔吐がこわい原因となる場面はなかなか出てこない様子でした。
そのようないくつか場面を経験した後のことでした。
次の場面に移動しますか?
「はい」
それでは、次の重要な場面に移動しますよ。
今、どこにいますか?
「家の中です。リビングにいる」
そこで何をしているのですか?
「…、吐いています」
吐いているの?
大丈夫?
周りにだれかいますか?
「祖母と母がいます」
二人は何をしているのですか。
「私をのぞきこんでいます」
祖母と母はどんな様子?どんな表情ですか?
「心配そうです」
そんな祖母と母をみて真衣さんはどんな気持ちですか?
「体に力が入っています」
力が入っているの?
「はい、吐いているので」
吐いていて、今、どんな気持ち?
「吐いていて、死ぬと思いました」
死んじゃうって思ったの?
それではね、
現在の真衣さんが、吐いている小さい真衣さんのそばに行くことができますよ。
小さい真衣さんに声をかけたり、なにかしてあげることもできますよ。
どうしますか。
「はい、そばに行きます」
みっつ数えると、そばにいきますよ。
おとなの真衣さん、今、小さい真衣さんはどんな様子ですか?
「ずっと泣いています。
吐いていて、
怖いと感じています。
焦っているみたい。
あせらなくていいって声をかけています。
とても力が入っています。
脱力してって声をかけています。
死んだらダメだって思って、力を入れているんです。
だから、死んでもいいよ、って言ってあげました。
そしたら、力が抜けて楽になったみたい」
あの…、ごめんなさいね。
どういうことなのか、ちょっとよくわからなかったので、もう少し詳しく教えてもらってもいいですか?
「はい、吐いている、小さいわたしは、こんな風に思っていました。
『今、死んでしまったら、家族は遺族になってしまう。
私が家族より先に死んでしまったら、家族はとても困るだろう。
家族を困らせないように、死んだらだめだ、死なないようにしなくては』
そう思って、とても力が入っていたのです。
吐いているとき、これはもう、死んでしまうと思いました。
死ぬと家族が遺族になってしまいます。
そしたら、残された家族はとても困るでしょう。
だから、死んではダメだと思い、
死なないようにしなくては
そう思って、とても力が入っていたのです。
だから、私は
『死んでもいいよ』
って助言したんです。
死んだらダメと思うと力が入るけど、
死んでもいいと言われたら、
死んでも心配ないとわかって、力を抜くことができました」
「嘔吐を連想させるものすべてがこわいのは、死が怖かったからでした。
死ぬと、家族が困ると思っていたので死が怖かったのです」
「今まで、嘔吐と聞くと、涙があふれていたのは、死ぬと家族に迷惑がかかるから、家族がたいへんな思いをするって思っていたからだってことがわかりました」
「こんなことがあったなんて、まったく知りませんでした。
こんなことがあったなんて、催眠でなければ思い出すことはなかったと思います。
催眠をうけて本当によかったです」
催眠療法後になにか変化はありましたか?
催眠療法から三か月後です。
真衣さんに、「催眠療法後、なにか変化はあったでしょうか?」と、尋ねました。
「友人が、お酒で酔っぱらってしまって吐いていたとき、介抱することができました。
吐いている人の介抱をするなんて、もっと先のことだと思っていたので、正直、驚きました。
催眠療法の後、嘔吐に関することで、ここの部分は治ったな、と感じるところがある一方で、逆に、ここの部分はそのままだな、と感じる部分もあって、少し不思議に思っていました。
そして、今まで“嘔吐恐怖症だ”とひとまとめにしていたものが、実は、いくつかのトラウマが重なり合ってできていたものなのではないかと思うようになりました。
今回体験した催眠療法によって、いくつかあるトラウマの内の一つが楽になったというように感じています。
また、このことから、私は、元々小さな出来事でトラウマが生まれやすいのかもしれないと思うようになりました。
このような、いくつかのトラウマということに気が付いたことも、催眠療法後の変化のひとつだと感じています」
催眠療法を受ける中で、たいせつなことに気付いたり、思い出したりして、驚き、感動するのですが、催眠療法のすごいところは、それだけでありません。
催眠から解けた後も、気づきはさらに深まります。
催眠療法のなかの『あのこと』は、『こういうことだったのか!』と気づくこともありますし、催眠療法の中の体験からさらに、さまざまなことに気付く場合もあります。
真衣さんは、催眠療法の後も、ご自身の変化に気づくと同時に、その変化に対して、さまざまな考えや思いを巡らせてこられたようです。
そしてとても重要なことに気づいておられます。
催眠療法は、それ自体、とても神聖なもので、いつも心に残ります。
今回の真衣さんの催眠療法は、それ自体、とても感動的なものでした。
そして、催眠療法後も、真衣さんが多くの気づきを得ておられることを知り、とてもうれしく思っています。
真衣さんの催眠療法後にセラピストが感じた変化
真衣さんの催眠療法後、私にも変化がありましたので、最後に、少し追加させていただきます。
赤ちゃんが泣いているとき、なにかが不愉快だったりして、こうしてほしいと訴えているように感じていました。
けれども、小さい真衣さんは、吐いていて、ご自身もとてもつらいにもかかわらず、家族の心配をしています。
ちいさいこどもがこんなにも、おとなのことを思っているなんて、驚くと同時に感動してしまいました。
今回の催眠療法のあと、赤ちゃんや子供が泣いているのをみると、真衣さんの催眠療法のことを思い出すようになりました。
みんな、子供は、自分のことで、自分が満たされなくて泣いていると思っているけど、そうじゃないかもしれないです。
もしかしたら、家族のことを思って泣いているのかも。
※ご本人の了解をいただき、掲載させていただいています。
趣旨をゆがめない程度に、年齢や性別などの背景を変えたり、
他の患者さんを組み合わせるなどして、実際の症例に変更を加えています。
また、理解しやすいよう、内容を単純にし、処方内容も一部に限定していることをご了承ください。
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